広島地方裁判所 昭和51年(行ウ)28号 判決 1984年3月23日
広島市中央区千田町一丁目四番一五号
原告
中道秋夫
右訴訟代理人弁護士
橋本保雄
同
椎木緑司
同
平見和明
広島市中区加古町九番一号
被告
広島西税務署長
吉川義高
東京都千代田区霞ケ関三丁目一番一号
被告
国税不服審判所長
林信一
被告ら指定代理人
笹村将文
同
中野紀従
被告広島西税務署長
指定代理人 広光喜久蔵
同
藤本昇
同
滝川譲
被告国税不服審判所長
指定代理人 松森暹
同
小田明治
主文
一 原告の被告広島西税務署長に対する左記の各請求につき、本件訴を却下する。
1 原告の昭和四七年分所得税につき、同被告が昭和五三年四月一二日付でした第三次更正処分及び過少申告加算税の変更決定処分の取消を求める請求
2 原告の同年分所得税につき、同被告が昭和五〇年一一月一一日付でした再更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分中、総所得金額四二六万〇三三一円を超える部分及び過少申告加算税一一万八八〇〇円を超える部分の取消を求める請求
二 原告の同被告に対するその余の請求をいずれも棄却する。
三 原告の被告国税不服審判所長に対する請求をいずれも棄却する。
四 訴訟資用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告
1 被告広島西税務署長が原告に対してなした次の各処分を取消す。
(一) 昭和五〇年一一月一一日付でした、昭和四七年分所得税の再更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分
(二) 昭和五三年四月一二日付でした、昭和四七年分所得税の第三次更正処分及び過少申告加算税の変更決定処分
2 被告国税不服審判所長が原告に対してなした次の各裁決を取消す。
(一) 訴外可部税務署長が昭和四八年一一月一二日付でした、原告の昭和四七年分所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分に対して原告が申立てた審査請求につき、被告国税不服審判所長が昭和五〇年一月三〇日付でした審査請求棄却の裁決
(二) 被告広島税務署長による前記1(一)の再更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分に対して原告が申立てた審査請求につき、被告国税不服審判所長が昭和五一年八月三一日付でした審査請求棄却の裁決
二 被告広島西税務署長
主文一、二及び四項と同旨
三 被告国税不服審判所長
主文三、四項と同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事実の経過
(一) 原告は、昭和三七年一二月に広島市中区千田町一丁目四番一四及び同番一五の宅地合計二二七・三七平方メートル(以下、本件土地という)とその地上の建物(以下旧建物という)を取得し、自己の居住及び訴外有限会社中道不動産(代表者原告)に対する貸店舗に供していた。その使用の割合は、本件土地及び旧建物とも、自己使用部分と貸店舗部分が二分の一宛であった。
(二) 旧建物が老朽化したため、原告はその取壊しと新築を計画したが、資金調達の手段として、本件土地を一部他に譲渡し、その代金を建築資金の一部にあてることとした。そして、昭和四六年八月三日右工事に着手し、総額七七〇〇万円を費して、昭和四七年五月一日に新築建物(以下、本件ビルという)を完成した。
本件ビルは九階建で一階は貸ガレージ、二・三階は貸事務所、四ないし七階は分譲マンション(各階二戸宛)、八階の半分は原告の住居、他の半分は有限会社中道不動産への貸事務所とするものである。各階の床面積は、一ないし四階が各一八三・七五平方メートル、五ないし八階が一七三・二五平方メートル、九階が二二・五〇平方メートルであるが、各階(九階は全部)に共用部分があり、専用部分の総面積は一二一二・五六八平方メートルである。分譲マンションは各階にAタイプ(専有面積五六・二八平方メートル)及びBタイプ(同六四・五二平方メートル)各一戸がある。なお、八階の原告の居宅の面積は七四・四一五平方メートルである。
(三) 原告は、右分譲マンションのうちAタイプのものについては二二七三七分の九九〇の割合、Bタイプのものについては二二七三七分の一〇五七の割合で、各買主はマンションとともに本件土地の共有持分権を取得するものと定め、いわゆる土地付分譲マンションとして売出した。そして、昭和四七年中に、右八戸のうち七階のAタイプを除く七戸を訴外増田哲郎ほか六名に対し代金五五四〇万円で譲渡した。右譲渡にかかる本件土地共有持分は、合計二二七三分の七一九八である(以下、これを本件持分という)。
2 本件課税処分の経緯
(一) 原告は、昭和四八年三月一五日、所轄の可部税務署長に対し、昭和五七年分の所得税について、別表一の1の「確定申告額」欄記載の内容の確定申告書に、別表二に記載する内容の「譲渡所得の計算の明細書」を添付して提出した。右明細書は、原告は本件土地及びその地上にあった建物を増田哲郎ほか六名に譲渡し、その代りに本件ビルのうち一・二・三階を取得したから、租税特別措置法(昭和四四年法律第一五号及び第三八号による改正後のもの。以下、措置法という)三七条一項を適用して、特定事業用資産の買換えの場合の譲渡所得の特例による計算をし、また、本件土地及び同地上の旧建物は原告の居住の用に供していたものであり、その敷地は措置法三五条一項に規定する居住用財産に該当するから、譲渡所得の計算にあたっては同条項の特別控除の金額を控除して計算し、結局、譲渡所得金額は零となる旨を記載したものである。
(二) これに対し、可部税務署長は、昭和四八年一一月一二日付で、別表一の1の「更正額」欄に記載する内容の更正処分(以下、当初更正処分という)をするとともに、過少申告加算税の賦課決定をした。右更正処分における譲渡所得の計算は、分譲マンションの譲渡分は分離短期譲渡所得の損失として計上し、本件持分権の譲渡による収入はその二分の一についてのみ措置法三七条を適用し、その余の二分の一には同条及び同法三五条のいずれも適用せず、結局、九一三万四五九三円の分離長期譲渡所得があるとするものであった。
(三) 原告は、同年一二月三日、別表一の1の「異議申立(当初)額」欄のとおり、当初更正処分の一部取消を求めて可部税務署長に対し異議申立をする一方、総所得金額について更正の請求をし、続いて昭和四九年五月八日、別表一の1の「異議申立(補完)額」欄のとおり、異議申立の趣旨を、当初更正処分の全部取消を求める旨訂正補完した。
(四) 可部税務署長は、同年七月二日付で右異議申立を棄却する決定をし、また、右更正の請求については、同月三日付で別表一の1の「更正(更正請求による)額」欄記載のとおり更正するとともに、過少申告加算税の変更決定をした。
(五) 原告は、同年七月一二日、被告国税不服審判所長に対し、別表一の1の「審査請求額」欄のとおり当初更正処分の取消を求める旨の審査請求をしたが、同被告は、昭和五〇年一月三〇日付で右審査請求を棄却する裁決をした(以下、第一次審査裁決という。)。
(六) 原告は、昭和四九年一二月、住所を被告広島西税務署長の所轄する広島市中区千田町に移転したところ、同被告は、可部税務署長の行った当初更正処分には、措置法三七条一項の適用等につき誤りがあったとして、昭和五〇年一一月一一日付で原告に対し、別表一の2の「再更正額」欄のとおり増額再更正処分(以下、再更正処分という)をするとともに、過少申告加算税の賦課決定をした。
(七) 原告は、同年一一月二八日、被告広島西税務署長に対し、別表一の2の「異議申立額」欄のとおり、再更正処分の全部取消を求めて異議申立をしたが、同被告は、昭和五一年二月一七日、右異議申立を棄却する決定をした。
(八) 原告は、同年二月二二日、被告国税不服審判所長に対し、別表一の2の「審査請求額」欄のとおり、再更正処分の全部取消を求める旨の審査請求をしたが、同被告は同年八月三一日付で右審査請求を棄却する旨の裁決をした(以下、第二次審査裁決という)。
(九) そこで、原告は再更正処分及び第二次審査裁決等の取消を求めて本件訴えを提起したが、その係属後である昭和五三年四月一二日、被告広島西税務署長は、昭和四七年分の原告の不動産所得の経費である減価償却費につき一部誤りがあったので、是正したとして、別表六の「更正後の額」欄のとおり、総所得金額及び所得税額を減額更正し、同時に過少申告加算税額をも減額した(以下、第三次更正処分という)。
3 本件課税処分の違法事由
(一) 再更正処分、第一次・第二次各審査裁決及び第三次更正処分は、いずれも措置法三七条一項の解釈、適用を誤り、原告の本件持分権譲渡による所得につき同条項を適用しなかった違法がある。
以下、本件持分権の譲渡が右条項の要件を充足することについて詳述する。
(1) 本件土地は、前記のとおり、居住部分と貸店舗部分から成る併用建物を敷地として、五〇パーセントが事業の用に供されていたところ、マンションの分譲にあたり譲渡された本件土地共有持分の合計(本件持分権)は二二七三七分の七一九八すなち約三一・七パーセントに過ぎないから、右譲渡部分はすべて従来の事業用部分五〇パーセントの中に含めることができ、本件持分権は全部が事業用資産であったということができる。また、本件ビルの建築に着手後は、原告はビル八階の二分の一のみを居住用にあてる計画で工事を進め、現にその完成後、八階のうち七四・四一五平方メートル(各階専用部分総面積一二一二・五六八平方メートルの約六・一パーセント)のみを居住の用に供し、右以外はすべての事業の用に供しており、その敷地についても同様である。したがって、本件持分権は、措置法通達三七-四ただし書「その事業の用に供されていた部分がおおむね九〇%以上である場合には、その資産の全部を『事業の用に供しているもの』としてさしつかえない。」の適用により、その全部を事業用資産とみるべきである。そして、本件土地は昭和三九年中に取得したものであるから、措置法三七条一項次表一四の上欄に該当する。
(2) 原告は、本件持分権を譲渡した日の属する昭和四七年中に、買換資産である本件ビル一ないし三階部分を取得し、貸ガレージ及び貸事務所として事業の用に供しており、右は同表一四下欄の資産に該当する。
(3) 本件持分権の譲渡による収入金額は二二八三万六八〇〇円、買換資産の取得価額は三五〇七万八五九五円であって、前者は後者を下廻ることが明らかである。
(二) 可部税務署長による当初更正処分と被告広島西税務署長による再更正処分とは、措置法三七条の適用につき全く相矛盾する内容のものであるから、ともに存立することはできず、いずれも取消されるべきである。すなわち前記のとおり、当初更正処分は本件持分権譲渡による収入金額の二分の一について措置法三七条一項を適用したが、再更正処分はこれを全く適用しないのであるから、右両処分は併存を許されないというほかはない。
(三) 再更正処分は、当初再更正処分に対する原告の異議申立とこれに対する棄却決定を経た後に、新たな事実関係が見出されたわけでもなく、単に法律の適用に誤りがあったとの理由でなされたものである。右は、当初更正処分に対する異議の決定を実質的に変更することとなり、一事不再理の原則に反し違法である。また、右は国税通則法八三条三項ただし書(不利益変更の禁止)に牴触し、この点でも違法である。
(四) 再更正処分は、原告が当初更正処分の取消を求めて訴えを提起し、その訴訟の係属中、課税庁が従来の主張(本件持分権の譲渡収入の二分の一についてのみ措置法三七条一項を適用し得るとするもの)を維持したのでは敗訴を免れないと考え、専ら敗訴を避けるため、敢て従来と異なる見解をとって意図的になしたものであって、更正権の濫用にあたり、かつ信義則に違反する。
(五) また、再更正処分は、分離長期譲渡所得金額の算出においては措置法三七条一項の適用を否定しながら、同一年度の不動産所得算出のための減価償却費の計算においては、同条項の適用を前提とした計算を行っており、明らかな矛盾を含むものであって違法である。
(六) 次に、被告国税不服審判所長による第一次審査裁決は、措置法三七条一項の適用を認めた当初更正処分を正当と判断し、第二次審査裁決はその適用を認めなかった再更正処分を正当と判断して各審査請求を棄却したものであり、内容において相矛盾するから、ともに存立することはできず、少くとも一方は取消されるべきである。
(七) 第三次更正処分は、昭和四七年分所得税の法定申告期限である昭和四八年三月一五日から五年以上を経過した昭和五三年四月一二日付をもってなされたものであるから、減額更正の除斥期間につき定めた国税通則法七〇条二項一号の規定に違反する。
二 被告広島西税務署長の本案前の答弁の理由
同被告は請求原因2(九)の第三次更正処分により、別表六記載のとおり、原告の昭和四七年分総所得金額を四三三万六四八七円から四二六万〇三三一円に減額し、同時に過少申告加算税も一一万九九〇〇円から一一万八八〇〇円に減額した。したがって、右減額更正等により取消された総所得金額、所得税及び過少申告税額の各部分については、その取消を求める法律上の利益を欠くから、本件訴のうち右取消を求める部分は却下さるべきである。
また、第三次更正処分は、右のように再更正処分の内容を原告に有利に変更したものであるから、原告にその取消を求める訴の利益はない。
三 請求原因に対する被告広島西税務署長の答弁及び主張
1 請求原因について
(一) その(一)の事実は認める。
(二) その(二)のうち、本件土地の一部を譲渡して資金を調達し、本件ビルを建築したとの点は不知。その余の事実は認める。
(三) その(三)の事実は認める。なお、原告は本件土地の共有持分(その割合は原告主張のとおり)を、地上の分譲マンションとともに(すなわちその譲渡と同時に)譲渡したものである。
2 請求原因2について
その(一)ないし(九)の事実はすべて認める。
なお、当初更正処分における譲渡所得の計算の明細は別表三記載のとおり、再更正処分におけるそれは別表五(その基礎となる譲渡価額明細は別表四)記載のとおりである。
3 同3について
その(一)ないし(八)の主張はすべて争う。以下、各項ごとに反論を加える。
(一) 本件持分権の譲渡による所得につき、措置法三七条一項の適用はない。
すなわち、同条項は、事業の用に供している資産の譲渡であることを適用の要件とするとともに、「所得税法二条一項一六号に規定するたな卸資産、その他これに準ずる資産で政令で定めるもの」を適用の対象から除外しており、右にいう「これに準ずる資産で政令で定めるもの」は、「雑所得の基因となる土地及び土地の上に存する権利」とされている(措置法施行令二五条一項)。
ところで、固定資産である土地の上に建物を建築して、その土地及び建物を譲渡した場合、固定資産であった土地は、譲渡されたときには販売用資産に転化したものと解され、その資産の譲渡による所得は、たな卸資産又は雑所得の基因となるたな卸資産に準ずる資産(以下、準たな卸資産という)の譲渡による所得として、その全部が本来事業所得又は雑所得に該当することが、税務の取扱いとして既に確立している(所得税基本通達三三-四)。本件の場合、原告は本件土地上にあった事業用兼居住用の旧建物を撤去し、本件土地をいったん更地とした後に、本件ビルを一部は販売目的をもって建築し、本件持分権を分譲マンションとともに譲渡したものであるから、本件持分権は、その譲渡の時点では既に分譲マンションに付して販売される販売用資産となっていた。そして、右販売の実態は、社会通念上「事業」にあたらない(事業というほどの継続性・反覆性を有しない)から、本件持分権は準たな卸資産にあたり、その譲渡による所得は、所得税法三五条の雑所得に該当する。すなわち、本件持分権は措置法三七条一項の適用の対象となり得ないものである。
(二) 増額再更正処分は課税処分のやり直しであって、当初更正処分の効力は再更正処分に吸収され、独立の処分としては存在を失うこととなる。したがって、原告の主張(二)は前提に誤りがあって失当である。
(三) 税務署長が更正をした後も、課税標準又は税額が過少であることを知ったときは、その調査したところに基づいて更に更正をすべきことは、国税通則法二六条に明定するところであり、これをしないことはかえって違法のそしりを免れない。そして、再更正処分が当初更正処分に対する異議決定後になされたとしても、再更正処分は別個独立した処分であって異議決定を変更するものではなく、一事不再理の原則に反する旨の主張はあたらない。また、国税通則法八三条三項ただし書は、異議決定に対する制限であって、再更正処分に対する制約とはなり得ない。
(四) 被告広島西税務署長は、当初更正処分の取消訴訟における敗訴を免れる目的で再更正処分をしたものではないし、前記のように国税通則法二六条の定めがある以上、右訴訟係属後に再更正処分をしたからといって、更正権の濫用や信義則違反となることはない。
(五) 同被告は、不動産所得金額計算上の減価償却費についても、措置法三七条一項の適用がないこととした場合の計算をして第三次更正処分をしたから、原告主張のような矛盾は存しない。
(六) 同被告の処分にかかわるものでないから、認否の限りではない。
(七) 第三次更正処分が法定申告期限から五年経過後になされたことは認めるが、その故に違法とする主張はあたらない。国税通則法七〇条二項一号の立法趣旨に照らし、かつ、減額更正が税額の一部取消という納税者に有利な処分であることを考慮すると、当該課税処分につき被処分者が取消訴訟を提起して争っている場合についてまで、減額更正の期間を制限する趣旨とは解されず、課税庁は五年経過後も減額更正(本件の場合第三次更正)をなし得るべきである。
4 所得金額及び税額の算出根拠について(別表七参照)
(一) 不動産所得金額 一九五万五七九九円
第三次更正処分において、本件ビル中の貸ガレージ及び貸事務所の減価償却費を二二万〇八七四円として、不動産所得金額を二〇〇万三二五六円(別表六)と計算したが、右賃貸部分の取得費を本件における原告の主張のとおり三五〇七万八五九七円とすると、右賃貸部分の昭和四七年の減価償却費は、次のとおり二六万八三五一円となる。
(1) 償却の基礎となる取得価額 三一五七万四七三七円
(35,078,597円×0.9=31,570,737円)
(2) 償却率〇・〇一七(耐用年数六〇年、定額法)
(3) 償却期間 昭和四七年七月一日ないし一二月末日の六か月間
(4) 計算 <省略>
したがって、右金額と第三次更正における減価償却費二二万〇八九四円との差額四万七四五七円を前記二〇〇万三二五六円から差引いた一九五万五七七九円が、原告の主張に基づく不動産所得金額となる。
(二) 給与所得 一九五万六五〇〇円
右は原告の確定申告額である。
(三) 雑所得 一七一万八一四八円
原告主張の雑所得金額一八二万四八七五円(確定申告額)から、原告主張の事業所得(損失)一〇万六七二七円を雑所得(損失)と認めて控除したものである。
原告は、本件において、分譲マンション七戸の譲渡価額を三二五六万三二〇〇円、その取得費を三二二六万九九二七円、譲渡費用を四〇万円と主張するので、右金額をそのまま採用する。しかし、前述のとおり、右マンション譲渡は未だ事業というに足りないものであるから、その譲渡による所得は事業所得ではなく雑所得に該当し、前記一〇万六七二七円は雑所得(損失)となる。
(四) 総所得金額 五六三万〇四四七円
右(一)ないし(三)の合計額である。
(五) 分離長期譲渡所得金額 一九六六万八〇九〇円
(1) 本件持分権の譲渡価額は、原告の主張によれば二二八三万六八〇〇円(七戸分)であり、その取得価額は、原告主張の本件土地取得価額六八五万円の二二七三七分の七一九八すなわち二一六万八九一〇円であるから、右譲渡価額から取得額及び特別控除額一〇〇万円を控除すると、一九六六万八〇九〇円となる。
(2) 以下、右金額を分離長期譲渡所得金額として課税した理由について詳述する。
(イ) 前述(3(一))のとおり、固定資産である土地に建物を建設して譲渡した場合の所得は、たな卸資産または準たな卸資産の譲渡による所得として、その全部が事業所得又は雑所得に該当する本件の場合、後者にあたることも既述のとおりである。しかしながら、右所得の発生原因の中には、本来、準たな卸資産の販売による利益のほかに、土地が準たな卸資産に転化する以前すなわち固定資産であった間に発生し累積した値上り益が含まれており、右値上り益に相当する所得は、本質的には譲渡所得として課税さるべきものと考えられる。所得税基本通達三三-五が、「土地、建物等の譲渡による所得が三三-四により事業所得又は雑所得に該当する場合であっても、その区画形質の変更……又は建物の建設に係る土地が極めて長期間引続き所有されていたものであるときは、三三-四にかかわらず、当該土地の譲渡による所得のうち、区画形質の変更等に対応する部分は事業所得又は雑所得とし、その他の部分は譲渡所得として差支えない。」と定めているのも、上記の考慮に基づくものである。
(ロ) 本件においても、被告は右の趣旨にしたがい、本件ビル建築の直前すなわち本件土地の持分権が販売用資産に転化する直前の価額を譲渡所得の収入金額とし、その余の部分と建物(分譲マンション)の譲渡価額との合計額を雑所得の収入金額と認定することを検討した。しかし、本件ビルの着工からマンション及び土地持分権の譲渡までさほどの期間がないため、本件持分権の価額は両時点で概ね同一と推測され、前記のような区分は困難であったし、また、そのように区分して一部を雑所得と認定するよりも、本件持分権の譲渡価額全額を譲渡所得とする方が、税額算定上原告に有利であるため、その取扱いをしたものである。
(ハ) 原告は、被告らが措置法三七条一項の適用を否定する理由において、本件持分権を準たな卸資産、その譲渡による所得を雑所得とする一方で、これを譲渡所得として課税したことを非難するけれども、前掲基本通達三三-五は所得区分を譲渡所得とすることを認めたに過ぎず、譲渡所得として課税したことと、措置法三七条一項の適用の有無とは別個の問題であって、右の非難はあたらない。
(ニ) ところで、譲渡所得は、所得税法二二条二項により原則として総所得金額に算入されるが、本件持分権の譲渡は、措置法三一条一項の要件を満たすものであるため、これによる譲渡所得につき、長期譲渡所得の課税の特例によって、総所得金額と分離して課税したものである。
5 本件課税処分の適法性について
上記のとおり、原告主張の金額に基づいて計算しても、原告の昭和四七年分総所得金額は五六三万〇四四七円、分離長期譲渡所得金額は一九六六万八〇九〇円となり、いずれも第三次更正処分における金額(総所得金額四二六万〇三三一円、分離長期譲渡所得金額一九六六万八〇〇〇円)を上廻ることとなり、これに基づく昭和四七年分所得税額及び過少申告加算税額の正当額は、別紙八のとおり三九五万五八〇〇円及び一四万一九〇〇円となる。したがって、その範囲内でなされた再更正処分(第三次更正処分による減額後のもの)は適法である。
6 措置法三五条一項の不適用について
原告は、本件持分権の譲渡による所得には措置法三五条一項(居住用財産の譲渡所得の特例)が適用されるとして確定申告をした。しかし、同条項は、個人がその居住の用に供している家屋とともにその敷地の用に供されている土地を譲渡した場合に適用されるものであるところ、本件の場合原告はその居住用としていた旧建物を撤去して、本件土地を一旦更地とした後に本件ビルを建築し、本件持分権を分譲マンションとともに譲渡したのであり、居住用建物の敷地として建物とともに譲渡された場合にあたらないから、同条項の適用はない。
四 被告国税不服審判所長の請求原因に対する答弁及び主張
1 請求原因1、2に対する認否及び同3(一)ないし(四)に対する反論は、いずれも被告広島西税務署長のそれと同一である。
2 原告は、当初更正処分及び再更正処分の違法を理由として、第一次、第二次審査裁決の取消を求めていると解されるが、かかる請求が行政事件訴訟法一〇条二項によって許されないことは明らかである。
3 なお、第一次審査裁決は、措置法三五条一項を適用しなかった当初更正処分が正当であることを判断したり止まり、同法三七条一項を適用したことの当否については何らの判断を行っていない(この点は審査請求の対象とされていない)。したがって、第一次、第二次の各審査裁決が内容にあいて相矛盾・対立するとの原告の主張(請求原因3(六))は誤りというほかはない。また、本件のように、第一次審査裁決の後に再更正処分がなされた場合、当初更正処分が消滅したことにより、その内容の当否を判断した第一次審査裁決も意義を失うこととなるから、この点でも両裁決が併存して対立するとの原告の主張はあたらない。
五 被告らの主張に対する原告の反論
1 被告らは、本件持分権を準たな卸資産として、その譲渡による所得は雑所得にあたると主張するが、右主張の誤りであることは、以下の諸点からも明らかである。
(一) 被告広島西税務署長は、自らした再更正処分において本件持分権の譲渡による所得は分離長期譲渡所得にあたるとして、換言すれば、本件持分権は固定資産であるとして課税しているのであるから、一方において雑所得といい、またその基因となる準たな卸資産であるというのは甚だしい矛盾であって、このような課税上の取扱いは到底許されない。
(二) 被告らは、原告が本件持分権と分譲マンションとを同時に譲渡したとみられることを前提として、本件が「固定資産である土地に建物を建設して譲渡した場合」にあたり、前掲基本通達三三-四を適用すべきものと主張する。しかし、分譲マンションがなお未完成の間に、これと土地共有持分とを目的として同時に売買契約を結んだ場合、マンションについては直ちに所有権移転の効果を生じないが、土地共有持分は既に特定されているから、契約により直ちに持分権移転の効果を生ずると解して何ら不合理はなく、したがって被告らの主張は前提に誤りがある。
(三) 被告らは、右通達三三-四のみにとらわれて、他の関係通達を無視する誤りを犯している。先ず、所得税基本通達三三は、「(前段略)極めて長期間(おおむね一〇年以上)引続き所有していた不動産(販売の目的で取得したものを除く)の譲渡による所得は、譲渡所得に該当するものとする。」と定めているが、本件はこれに適合し、本件持分権の譲渡による所得は譲渡所得となる。
(四) また、本件については基本通達三三-五が適用さるべく、その結果本件持分権の譲渡による収入がすべて譲渡所得となることは、被告ら自身の認めるとおりである。
(五) 仮に基本通達三三-四が適用さるべきものとしても、その(注)によれば、固定資産である土地につき区画形質の変更等を行った場合でも、その変更等に係る土地の面積が小規模であるときは、当該土地はなお固定資産に該当するものとして差支えない旨を定めている。本件土地(ひいてその共有持分権)は右(注)の要件を満たしているから固定資産にあたり、従って、その譲渡による所得は譲渡所得となる。
2 被告らは、本件分譲マンションの譲渡による所得も雑所得にあたると主張するが、右は誤りであって事業所得とすべきである。すなわち、原告は営利の目的をもって本体分譲マンションを建築、販売したものであるし、その販売活動の対象者は不特定多数の人であり、販売物件は八戸(昭和四七年中七戸)、建築着手時(昭和四六年八月)から販売完了(昭和四八年一月)までの期間は約一年六月に及び、「事業」の要件とされる継続性、反覆性に欠けるところはない。ちなみに、建設省計画局総務課長は、宅地建物取引業の成否に関してではあるが、マンション分譲において、たとえ一棟の建物でも不特定多数の者を対象として広告をし、各区画ごとに分譲する場合は右取引業に該当する旨の回答をしている。
第二証拠
一 原告
1 甲一ないし五号証
2 証人正木質及び原告本人
3 乙一六号証の成立は不知。その余の乙号各証の成立は認める。
二 被告ら
1 乙一・二号証、同三号証の一・二、同四ないし二三号証
2 甲号各証の成立は認める。
理由
第一争いのない事実
請求原因1(事実の経過)中、本件土地の一部(本件持分権)の譲渡が本件ビル建築費調達の手段であったとする点を除き、その余の事実は当事者間に争いがなく、また、請求原因2(本件課税処分の経緯)の事実はすべて争いがない。
なお、当初更正処分における譲渡所得の計算の明細が別表三のとおり、再更正処分におけるそれが別表五(その基礎となる本件持分権等の譲渡価額は別表四)のとおりであることも、原告において争わない趣旨とみられる。
第二本案前の主張について
被告広島西税務署長のした第三次更正処分が別表六の内容を有し、いわゆる減額更正処分にあたることは争いがない。ところで、本件のように、申告に係る税額について再更正処分がされたのち、減額第三次更正がなされた場合、右第三次更正処分は、それにより減少した税額に係る部分についてのみ法的効果を及ぼすものであり、それ自体は再更正処分とは別個独立の課税処分ではなく、その実質は再更正処分の変更であり、それによって税額の一部取消という納税者に有利な効果をもたらす処分と解するのが相当である。そうすると、原告は第三次更正処分に対してその救済を求める訴の利益はなく、専ら第三次更正によって減額された再更正処分の取消を訴求することをもって足りるというべきである(最高裁判昭和五六年四月二四日判決・民集三五巻三号六七二頁参照)また、以上のことは、過少申告加算税を減額する変更決定に対する取消の訴についても、同様に妥当すると解せられる。したがって、本件訴のうち、第三次更正処分及び過少申告加算税変更決定処分の取消を求める訴の利益はなく、また、再更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分中、第三次更正及び過少申告加算税変更決定によって取消された部分の取消を求める部分(主文第一項2掲記のもの)も訴の利益を欠くから、いずれも不適法として却下すべきものである。
第三原告主張の違法事由について
一 措置法三七条一項の不適用について
1 措置法三七条一項は、「個人が……その有する資産(所得税法第二条第一項第一六号に規定するたな卸資産その他これに準ずる資産で政令で定めるものを除く。……)で……事業(……)の用に供しているものの譲渡(……)をした場合において」一定期間内に買換資産を取得し、これを当該個人の事業の用に供したときに、「特定の事業用資産の買換えの場合の譲渡所得の課税の特例」を適用する旨を定めている(条文引用中の……は省略部分)。そして、右にいう「これに準ずる資産で政令で定めるもの」とは、措置法施行令二五条一項により、「雑所得の基因となる土地及び土地の上に存する権利」とされているから、右に該当する資産については、措置法三七条一項の規定は適用されないこととなる。
2 ところで、所得税法三三条(譲渡所得)に関し、所得税基本通達三三-四は、固定資産である土地に区画形質の変更を加え又は建物を建設して譲渡した場合、当該譲渡による所得は、たな卸資産又は雑所得の要因となるたな卸資産に準ずる資産の譲渡による所得として、その全部が事業所得に対する課税は、固定資産の値上りによりその資産所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものと解されるから、販売の目的で土地に加工を加え又は建物を建設して他に譲渡した場合は、これと取扱いを異にし、既に固定資産からたな卸資産又は準たな卸資産(以下、販売用資産ということもある)に転化したものとして、その譲渡による所得は譲渡所得ではなく事業所得又は雑所得にあたると認めこれに課税しようとする右通達の趣旨・目的には、十分な合理的根拠があると考えられる。
3 本件において、原告が旧建物を取り壊して土地を更地としたうえ、本件ビルの一部を分譲マンションとして販売する目的でこれを建築し、その完成後、本件持分権を分譲マンションに付して譲渡したことは争いがないから、右通達三三-四の要件を満たしていることは明らかである。
この点、原告の主張によれば、本件持分権譲渡の効力発生は分譲マンションのそれに先行し、右持分権は未だ販売用資産に転化しない固定資産の状態で譲渡されたことになるから、右基本通達は適用されないというもののようである。しかし、成立に争いのない乙一七ないし一九号証(土地付区分建物売買契約書)によれば、売買の目的たる物件は「土地及び建物」として一括され、代金額も両者を一括して定められていること、所有権移転の時期は土地・建物を区別することなく、売買代金全額の支払を完了したときと特約され、右所有権移転と同時に土地・建物を引渡す旨定められていること、また、買主が土地共有持分、建物専有部分の区分所有権等を分離して処分することを禁ずる条項のあることが認められ、これらの契約内容に照らすと、本件持分権は分譲マンション(建物)と同時に譲渡されたものであり、譲渡時既に販売用資産に転化していたと認めるのが相当であって、これに反する原告の主張は採用できない。
なお、原告の主張中には、所得税基本通達三六-一二ただし書によって、原告が売買契約の効効力発生の日に譲渡所得を生じた旨を申告する以上、課税庁はこれを承認すべきであるとの主張も見受けられるけれども、本件においては分譲マンションと土地共有持分とが同時に譲渡されたと認められるか否かが問題であり、前掲各証拠によって同時期と認定し得るのであって、右通達によってこのことが左右される性質のものではないから、原告の右主張も失当である。
したがって、本件においては、本件持分権がたな卸資産か、準たな卸資産か、その譲渡による所得が事業所得か雑所得かの区分に立入るまでもなく、措置法三七条一項の適用の余地はないものと解される。もっとも、右の点も本件の一争点をなしているので念のため検討するに、原告は不動産業を目的とする有限会社の経営者であるが、各証拠によっても、従前(少くとも右譲渡に比較的近接した時点)、原告個人が不動産取引を事業として行った事実は認められないし、本件持分権譲渡の態様も、前記争いのない事実のとおり、全体で二二七平方メートル余の敷地に対する共有持分三二パーセント弱(昭和四八年譲渡分を含めても約三六パーセント)を、分譲マンション七戸(最終的に八戸)に付して譲渡したものであって、取引規模はさして大きいとはいえず、また、本件分譲マンションの販売開始から完売までの一連の経過(経済活動としては一回的なものと目される)によりその取引は完了したものであって、反覆性を持つ取引活動とはいい難いから、本件持分権譲渡は社会通念に照らして未だ事業と認めるに足りず、これによる所得は事業所得(所得税法二七条)ではなく雑所得(同法三五条)にあたると解するのが相当である。
4 原告は、本件持分権の譲渡については所得税基本通達三三-三が適用さるべく、「極めて長期間引続き所有していた不動産の譲渡による所得」として譲渡所得に該当すると主張する。しかし、右通達とそれに続く基本通達三三-四同三三-五を対比すると、本件のように、土地上に建物を建設して譲渡した場合の取扱いについては、専ら三三-四及び三三-五が定めるところであり、三三-三は区画形質の変更や建物等を伴わず、単に不動産を継続的に譲渡している場合に妥当するものと解されるから、原告の右主張はあたらない。
5 次に、原告は同通達三三-四が本件に適用されるとしても、右通達はその(注)において、固定資産である土地につき区画形質の変更又は水道その他の施設の設置を行った場合でも、その区画形質の変更又は施設の設置に係る土地の面積が小規模であるときは、当該土地はなお固定資産に該当するとして差支えない旨を明らかにしており、本件土地はその要件を満たすから、たな卸資産又はこれに準ずるものではないと主張する。通達三三-四が右の(注)を設けた趣旨は、土地がある程度の面積を有しなければ、加工行為によってたな卸資産化したとはいい難いことから、小規模土地の宅地造成、水道設置等については、これらの加工によってもたな卸資産としては扱わない旨を明らかにしたものと解される。しかし、右(注)には、本文中の「建物を建設して譲渡した場合」は含まれておらず、このことは、建物を建設して譲渡する場合に限り、面積の大小によらず常にたな卸資産化したものとして扱うことを示すものであり、いわゆる建売り等の加工行為が小規模な土地についても庸々行われることからも、右の措置は十分に合理性を有すると考えられる。したがって、本件持分権の譲渡は右の(注)にはあたらず、原告のこの点の主張も失当である。
6 さらに、原告は、本件持分権の譲渡による所得については所得税基本通達三三-五が妥当し、その全部が譲渡所得となる旨を主張するところ、被告らとしても、本件に右通達の適用があるとの立場をとり、結局、譲渡所得として課税しているのであるから、この点に関するかぎり不一致はない。問題は、被告広島西税務署長が、このように譲渡所得(措置法三一条により分離長期譲渡所得)として課税する一方、措置法三七条一項適用の有無の局面においては、雑所得にあたるとしてその適用を排したことの適否にある。そこで、この点に立ち入って検討するに、既述のとおり、固定資産である土地に建物を建設して譲渡した場合には、当該譲渡による所得の全部が事業所得又は雑所得に該当するとの所得税基本通達三三-四が妥当するが、一方、同通達三三-五は、その土地が極めて長期間引続き所有されていたものであるときは、右三三-四にかかわらず、当該土地の譲渡による利益のうち、建物の建設による利益に対応する部分は事業所得又は雑所得とし、その他の部分は譲渡所得として差支えない旨、また、この場合において、譲渡所得に係る収入金額は建物建設の着手直前における当該土地の価額とする旨を定めている。そして、極めて長期間所有していた土地に建物の建設等の加工行為を加えたうえで譲渡する場合、その譲渡による所得のうちには、その所有期間中に発生し蓄積していた値上り益が相当部分含まれていると考えられ、さきにも述べたとおり、右は本質的に譲渡所得にあたるというべきである。したがって、このような場合の土地譲渡による所得については、可能なかぎり譲渡所得と事業所得ないし雑所得とに区分して把握し、それぞれに課税することが合理的であり、このような区分は、具体的には右通達にいうように、建物の建設着手の時期(すなわち、当該土地が販売用資産に転化する時点)を基準とするのが、上記の趣旨に最もよく適合すると考えられる。
ところで、弁論の全趣旨によれば、被告広島西税務署長は、右通達にしたがい、本件ビル建設に着手直前の価額と譲渡時点の価額とを把握し、前者から取得費を控除した額を譲渡所得、前者と後者との差額を雑所得と認定すべく試みたこと、しかし、実際には右両時点の間で価額の差異を見出し難く、かつ、全部を譲渡所得として認定することが原告にとって有利であるとの判断もあって、結局、全額を譲渡所得と認定するに至ったことが認められる。この点、前記争いない事実によれば、本件ビルの建設着工は昭和四六年八月、分譲マンションと共にする本件持分権の譲渡は昭和四七年中であって、その間さほどの期間の経過はなく、周囲の土地利用状況など客観的条件の変化も窺うに足りないから、顕著な価額差を認めなかったとの点は是認することができる。また、一部にせよ雑所得と認定するよりも、全部を譲渡所得と認定した方が課税上原告に有利な結果となることは、譲渡所得に分離課税(措置法三一条一項)、税率の一定(同)、特別控除(同条二項)等の取扱いがなされることに照らしても明らかであり、この点を考慮して、全部を譲渡所得と認定したこともまた是認し得るところである。
しかしながら、右の措置は、本件持分権が固定資産として譲渡されたことを意味するものではなく、本件持分権が客観的にみて、その譲渡の時点において既に固定資産から販売用資産(準たな卸資産)に転化していたことは、争いない事実及び弁論の全趣旨に照らして明らかであり、そうである以上、本件持分権は措置法三七条一項が自ら除外する資産にあたり、その適用を受け得ないものというほかはない。このことは、被告広島西税務署長が前記の考慮を経たうえで譲渡所得と認定課税したことと相容れないものではなく、右課税の事実から直ちに措置法三七条一項の適用を導くことはできない(もともと同条項は課税上の特例を定めた例外規定であって、適用の範囲をたやすく拡張することはその性質に反するというべきである)。結局、基本通達三三-五に関する原告の主張もまた失当といわざるを得ない。
7 以上に述べたとおり、本件持分権の譲渡による所得につき措置法三七条一項を適用しなかったことに、何ら違法の点を見出すことはできない。
二 矛盾する二つの更正処分が併存するとの主張について
原告は、措置法三七条一項の適用につき相矛盾する当初更正処分と再更正処分とが併存する結果となることは許されないから、いずれも取消されるべきであると主張するけれども、本件の再更正処分はいわゆる増額再更正にあたり、当初更正は再更正がなされたことにより、その処分内容としてこれに吸収されて一体となり、独立の存在を失うに至ったと解するのが相当である(国税通則法二九条一項)。よって、両処分の併存状態を想定してその違法をいう原告の主張は、前提において失当であり採用できない。
三 一事不再理、不利益変更禁止等の主張について
税務署長は当初の更正をした後でも、その更正した課税標準等又は税額等が過少であることを知ったときは、その調査に基づいて更に増額更正すべきことは、国税通則法二六条の定めるところであり、その過少を来した原因が法令の解釈適用の誤りにある場合でも、もとより再更正は可能と解される。また、原告は当初更正処分に対する異議決定後は再更正をなし得ないかのように主張するけれども、そのように制限的に解すべき根拠は法文上も実質的にも見出し得ない。次に、同法八三条三項ただし書は、異議決定のうち処分を変更する決定において、申立人の不利益に当該処分を変更することができない旨を定めたものであって、再更正処分によって課税標準等を増額することまでを禁ずる趣旨でないことは明らかである。
四 更正権の濫用等の主張について
国税通則法二六条に定める税務署長の再更正の権限と職責は、当初更正処分の取消訴訟が係属中であるか否かによって左右されることはないと解せられ、例えば累次の更正を繰返すことによって、訴訟手続上、相手方をしてそのつど対応に苦しませるなどの特別の意図をもってなされる場合はともかく、そうでない限り、適正、公平な課税の実現のため、再更正の権限の行使は、訴訟係属後も当然に許されるべきものである。本件の全証拠によっても、右のような意図の存在は認めるに足りず、その他、再更正ないし三次更正が更正権の濫用または信義則違反にあたるとして、その効力を否定すべき事由も認められない。
五 再更正処分の理由に矛盾があるとの主張について
再更正処分が本件持分権の譲渡に関し、措置法三七条一項の適用を否定しながら、不動産所得算出のための減価償却費の計算において、同条項の適用を前提とした計算を行っていたことは、被告らも明らかに争わないところであり、原告の指摘するように、再更正処分には一貫性を欠く点があったことを否定できない。しかし、第三次更正においては、右減価償却費算出の関係でも、措置法三七条一項の適用がないものとして計算した結果、減額更正がなされるに至ったことも争いのない事実であり、原告指摘の矛盾はこれによって消滅したこととなり、結局、再更正処分に主張のような違法の点は存しない。
六 第一次・第二次審査裁決の違法の主張について
原告は、被告国税不服審判所長による第一次審査裁決は、措置法三七条一項の適用を肯定した当初更正処分を正当とし、第二次審査裁決は同条項の適用を否定した再更正処分を正当としたものであるから、相矛盾、対立して併存を許されず、少くとも一方は取消されるべきであると主張する。しかし、本件弁論の全趣旨と国税通則法に定める審査構造に照らすと、第一次審査裁決は、措置法三五条一項を適用しなかった当初更正処分を正当と判断し、第二次審査裁決は、同法三七条一項を適用しなかった再更正処分を正当と判断してそれぞれ審査請求を棄却したものとみられるから、右両審査裁決は論理的に矛盾、対立するものではなく、したがって、共に存在することが違法である旨の原告の主張は失当というほかはない。また、原告の右主張は、帰するところ、原処分の違法を理由として裁決の取消を求めるもので、裁決手続上の瑕疵等、その固有の違法を主張する趣旨ではないと解されるから、行政事件訴訟法一〇条二項の制限により、各裁決の取消事由については何ら主張がないこととなり、この点でも本件の取消請求は棄却を免れない。
七 第三次更正処分が国税通則法七〇条二項一号に違反するとの主張について
成立に争いのない乙一号証及び弁論の全趣旨によれば、第三次更正処分は法定申告期限から五年を経過した後になされていることが明らかであり、国税通則法七〇条二項一号の規定に抵触する疑いがある。しかし、前述のとおり、減額更正(本件においては第三次更正)は実質上、当初の処分(本件においては再更正処分)の変更であり、それによって税額の一部取消という納税者に有利な効果をもたらす処分と解されるから、これについて期間の制限を設けることは、納税者にとってはむしろ不利益となる。それにもかかわらず、右条項が減額更正の除斥期間を五年と定めているのは、専ら租税法律関係の早期安定の要請によるものと考えられるが、被処分者が自ら当該処分の効力を争い、その取消を求めて訴を提起している場合は、既に課税庁との間で紛争状態が生じているのであるから、右のような法的安定性の要請は後退すると解して差支えないし、また、この場合、減額更正によって害せられるような法的安定性は未だ形成されていないということもできる。一方、課税庁としては、相手方の訴訟活動によってはじめて処分の誤りを発見する場合もあり得るであろうが、それが過大な課税処分であるときは、進んで適切な減額更正を行うことが、むしろ課税庁の職責というべきである。このように考えると、国税通則法七〇条二項一号の規定は、課税処分の取消訴訟の係属中に、課税庁がその処分の一部取消(減額更正)をすることについてまで期間制限を設けたものとは解されず、したがって、本件訴訟の係属後になされた第三次更正処分は右規定に違反せず、これを違法、無効とすることはできない。
八 措置法三五条一項の不適用について
原告が本件課税処分の違法事由として、右の点を主張する意思であるか否かは必ずしも明らかではないが、原告は、本件持分権の譲渡による所得につき右条項の適用があるとして確定申告したこと、当初更正処分においてその適用を否定されたこと等を主張しているので、念のため右不適用の当否について付言する。右条項は、「個人がその居住の用に供している家屋……の譲渡若しくは当該家屋とともにするその敷地の用に供されている土地……の譲渡をした場合」をその適用の要件としているところ、本件においては、既述のとおり、原告は一部居住用の旧建物を撤去して本件土地を更地としたうえで本件ビルを建築し、本件持分権を分譲マンションとともに譲渡したものであって、居住用家屋の敷地の状態のままその家屋とともに譲渡した場合にあたらないから、右条項の適用の範囲外というべく、再更正処分においてこれを適用しなかったことに違法の点はない。
第四再更正処分の適否について
以上に述べたところに基づいて、再更正処分(第三次更正処分によって減額された範囲のもの。以下同じ)の適否、すなわち再更正処分における所得金額認定に違法の点があるか否かを検討すべきこととなる。ところで、被告広島西税務署長は、請求原因に対する答弁及び主張4において述べるとおり、所得金額算出の基礎として、本件における原告の主張金額や原告の確定申告額をそのまま受け入れ、これに法令の適用や必要な計算を施して得られた所得金額が再更正処分におけるそれを上廻るとすれば、再更正処分には所得額の過大認定の違法がないことが明らかであるとして、その方法により適法性の立証をはかっているが、右は更正処分の取消訴訟における被告側の立証方針として是認し得るものと考えられる。そして、かようにして得られた総所得金額は、同被告主張のとおり五六三万〇四四七円(別表七参照)であって、第三次更正処分によって減額された四二六万〇三三一円を上廻るから、再更正処分に総所得金額の過大認定の違法はない(なお原告が事業所得の損失として計上した一〇万六七二七円を雑所得の損失と認めるべき理由は、前記第三の一3で述べたところと同一である)。
また、本件持分権の取得価額及び譲渡価額を、本件における原告の主張額のとおりとすれば、その差額は別表七のとおり二〇六六万八〇九〇円となるが、第三の一6で述べたように、被告広島西税務署長がその金額を譲渡所得と認めたことは正当と判断され(このことが措置法三七条一項の不適用と矛盾しないことも同項で述べたとおりである)、右所得は措置法三一条一・二項により、長期譲渡所得として分離課税され、かつ、特別控除額一〇〇万円の控除を受けることとなるから、結局、原告には分離長期譲渡所得一九六六万八〇九〇円があったと認められ、これと同一の金額を認めた再更正処分に違法はない。その他、所得金額及び税額の算定に違法の点を認めるべき証拠はない。
第五結論
以上の次第で、被告広島西税務署長のした第三次更正処分の取消を求める請求と、再更正処分中第三次更正処分によって減額された部分の取消を求める請求について、本件訴はいずれも不適法であるからこれを却下し、同被告に対するその余の請求、被告国税不服審判所長に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田川雄三 裁判官 山森茂生 裁判官 三好幹夫)
別表一の1
課税経過表(当初更正処分までの分)
<省略>
別表一の2
課税経過表(再更正処分以降の分)
<省略>
別表二
譲渡所得の計算の明細(確定申告)
<省略>
別表三
譲渡所得の計算の明細(当初更正処分)
<省略>
別表四
マンション及び土地共有持分権の譲渡価額の明細
<省略>
「備考」金額はいずれも原告申告額である。
別表五
譲渡所得の計算の明細(再更処分)
<省略>
別表六 昭和47年分
氏名 中道秋夫 殿
<省略>
別表七
総所得金額及び分離長期譲渡所得金額の計算書
<省略>
別表八
所得税額及び加算税額明細書
<省略>